季節を越えられない貴方のお話
君と初めて出会ったのは、桜が花開き始めた春のことだった。
目を輝かせて咲いている桜を見上げる君になぜだか惹かれて。
桜なんて毎年同じように咲くから珍しくもなんともないのに、あんなに嬉しそうなのはなんでなんだろう。
そう思った俺は気づいたら君に声をかけていた。
新しい季節が来るたびに、君に恋するとも知らずに。
『桜、好きなんですか?』
そう声をかけると君はひどく驚いた顔をした。突然話しかけられるの、嫌だったかな。
『すみません、突然話しかけられて迷惑でしたよね』
「いえ、違うんです!この花、桜って言うんですね!すごく綺麗…この季節に咲くんですか?」
…え?この子は桜を知らないんだろうか。思わずきょとんとしてしまった俺に、君は申し訳なさそうに口を開いた。
「…私、原因はよくわからないんですけど、季節が変わるとその季節のこととか、関わった人の記憶がなくなっちゃうんです。だから多分、去年も見たとは思うんですけど…どうしても思い出せなくて。ごめんなさい、変ですよね?(笑)」
君の境遇はあまりにも不思議で、俺の頭じゃ全く想像もできない話だった。
そこで話を終えればよかったかもしれない。だけど君の桜を見つめる表情は、他にどんな顔を見せてくれるのかなって気になって仕方なくて。
『じゃあ、友達になりませんか?…次の季節まで。』
おかしいな、普段だったら見ず知らずの人にこんなこと言える性格じゃないのに。
君と出会って俺は、自分の知らない自分にも出会えた気がする。
君のことをたくさん知った。
季節限定のお菓子には目がなくて、カフェでスイーツとかドリンクを選ぶときは絶対に季節の物を選ぶこととか。
君は「次の季節には何を食べて飲んだのかも忘れちゃうんだけどね(笑)」って笑ってたけど、忘れるとわかっていても新しいことを知ろうとする君を純粋にすごいと思った。
あと、その季節にしか見られない景色を調べて出かけて、写真に収めること。
思い出すことはできないけど、その季節を過ごした記録があるのが嬉しいらしい。
見るもの全部が初めてだからすごく感動するんだけど、周りの人に大げさに見られないようにちょっと抑えるようにしてることとか(笑)
君は俺にたくさんのことを教えてくれた。だから俺も、君ともっと仲良くなりたくて、俺のこともたくさん知ってもらえたと思う。
君と歩いた桜並木は桜が散り始めて葉桜になってもずっと輝いていたし、道端に咲いた小さな花でさえも俺たちの春を彩ってくれた。
でも、思っていたより春は短かった。
もうすぐ夏が来るのかな、そう思い始めてすぐのことだった。
いつものように挨拶をした俺を不思議そうに見る君。
まさか、もう春は終わってしまったのか。
次の季節まで。俺はそう言って君と友達になったけど、また次の季節も友達になりたいと思う自分がいて。
『すみません、突然挨拶されてびっくりしましたよね』
「ごめんなさい、私、季節が変わるとその季節のことと、関わった人の記憶がなくなっちゃうんです…もしかしたらお話ししたことがあるかもしれないんですけど、覚えてなくて」
その話、俺は春も聞いたよって言いたかったけど、君はきっと俺を忘れた自分を責めてしまうだろうから言わなかった。
『いいんです、じゃあ友達になりませんか?…この季節も。』
全部知らないふりをして、君とまた友達を始めることを選んだんだ。
君と過ごした夏も楽しかった。
蝉の鳴き声のうるささに君は驚いていたけど、7日間しか地上で生きられないことを知って「じゃあもっと一生懸命鳴いてもらわないとね!それなら許す!」って笑ってた。
俺おすすめの屋台のりんご飴を食べたあとに見た打ち上げ花火に照らされた君の横顔はあの日と同じで。
次の季節も見られますように、って気づかないうちに願った。
秋になると俺たちは3回目のはじめましてをした。まあ君にとっては常に1回目なんだけど(笑)
秋といえば食欲の秋なんだよって教え込んで(笑)俺たちはぶどう狩りに出かけた。
俺もぶどう狩り行くのは初めてだったから君も楽しめるかなって不安だったけど杞憂だった。
「このマスカット!すごく美味しい!!採れたてってこんなに違うんだね!」
『あれ、マスカット食べたことあったの?』
「食欲の秋だから…家で予習しちゃった(笑)」
『うわあ、俺は一緒に食べに来るの楽しみに我慢してたのになあ、先に食べちゃったんだ』
「ごめんって!でもこれで新鮮なのが1番だってわかったから!許して??」
『最初から怒ってないよ(笑)やっぱり秋は食欲の秋だからね』
「だね!次の秋は紅葉狩りがいいな〜」
驚きでいっぱいだった。君は「今のことだけ考えて大切に過ごすの!次のことを話しても結局忘れちゃうしね(笑)」って春も夏も言ってたのに。そんな君が俺との次の秋のことを考えてくれている。ただただ嬉しかったけど、君は自分の変化に気づいてないみたいだから俺も知らないふり。
『紅葉狩りって食べるイベントじゃないけどね(笑)』
「え!?食べないの!?」
『紅葉を見に行くことだよ(笑)まあ予習しちゃうくらい食欲旺盛だから紅葉も食べられそうだけど(笑)』
「ちょっと!今馬鹿にしたでしょ!!(笑)」
君が笑ってくれたら、それでいいんだ。
冬にはたくさんイルミネーションを見に行った。
去年までの俺だったらただの電飾の集合体だとか文句しか言ってなかったのに(笑)
君と一緒に見るだけで、どのイルミネーションも素敵だなって思えてしまうんだから俺も重症だ。
新しい季節が始まれば俺と君はまたはじめましてからのスタートだけど、季節を重ねていくたびに俺たちの距離が縮まっていく速さは加速している気がして。
君は俺のことを忘れてしまうけど、感覚で俺と仲良くなる方法を覚えているんじゃないかって勝手に思ってる(笑)
そろそろ伝わってくれないかな、俺がこんなに懲りずに君と何回も友達になる理由。
君が好きだからに決まってるのに。
でも俺は言えない。
君はきっと悲しむから。
私みたいな新しい季節になったら彼氏のことも忘れちゃうような彼女じゃ、悲しませるだけだよって言うだろうから。
知ってるよ。1番悲しいのは君だってこと。
俺の記憶には残ってるんだ。
いくら君に忘れられたとしても、春も夏も秋も冬も、君と過ごした思い出が。
でも君には1つも残らない。
どんなに楽しくても、悲しい思い出だったとしても。
俺の幸せなんて考えなくていいよ。俺は一緒にこの季節を過ごせるだけでいいんだ。
君の隣に居られれば、なんだっていいんだ。
どの季節の君にも言わなかったことがある。
俺、実はそんなにどの季節も好きじゃなかったんだよね(笑)
春は花粉症に悩まされるし、
夏は何をしても暑くて嫌になるし、
秋は学校行事だなんだって忙しいし、
冬は寒くて起きるのが辛いから、季節が変わることが好きなんて思ったことがなかった。
1年中過ごしやすい気温に管理できる技術とか発明されないのかなって思ってたしね(笑)
だけど君と出会えたから。
どの季節も美しくて、思い出にしたい景色がたくさんあるってことを知った。
全部の季節を、君と同じくらい好きになったんだ。
君のおかげで好きになれた季節を、君にもたくさん知ってほしい。
君にも大好きになってほしい。俺が君を想ってるのと同じくらい。
きっと君は何もしなくてもその季節を大好きになるだろう。だけど、俺にその手伝い、させてくれないかな。
ついでに俺のことも好きになってくれなんて、わがままみたいなこと言うのも我慢するからさ。
また次の季節も、俺たちは "はじめまして" で始まっていく。
いっそのこと、四季なんてなければいいのに。そうすれば、俺のことを忘れないでいてくれるのに。
そしたら君にはどの季節が1番似合うだろうか。
桜の花びらの絨毯を駆け足で通った春だろうか。
ひまわり畑でひまわりと同じように太陽に顔を向けた夏だろうか。
1番綺麗な紅に染まった紅葉を探した秋だろうか。
同じブランケットにくるまりながら夜の雪景色を眺めた冬だろうか。
君には全部似合ってしまうんだ。だからどの季節が1番なんて選べなくて。
去年と同じことだって、君には全部初めてのことだから。
新鮮に驚いて喜ぶ君をまた見れるなら、このままでもいいのかなって思ってしまう自分もいる。
でもやっぱり、去年や一昨年の話も、来年の話もできたらもっと嬉しいんだよな。
せーのって過去に振り向いて、あの時から俺、ずっと好きだったんだよって言えたらいいのに。
なんて思っちゃう俺は、世界一欲張りな男なんだろう。
また季節が過ぎていって、君との思い出が俺の脳にだけ刻まれていく。
「この季節が終わったら、また忘れちゃうんだね」って切なそうに呟く言葉も表情も全部全部、君はその季節に置いていってしまうんだ。
忘れないでよ。俺との思い出。
君にとっての俺がもっと大切な存在になれば君は忘れないでいてくれるのかな。
どうすれば俺の存在は君の中で大きくなるんだろうか。
わからない。わからないけど、また俺たちは新しい季節を過ごす。
一緒に同じ季節を過ごすことしか、俺にはできないんだ。
君と出会って、何回目の春だろうか。
俺たちはまた初めて出会う。あの日と同じ、花開き始めた桜の木の下で。
目を輝かせて桜の花を見つめる君の横顔は何回見ても綺麗で。
俺は思わず声をかける。
『桜、好きなんですか?』
そしたら君は笑って言ったんだ。
「はい。大好きな人が初めて教えてくれた花だから。大好きなんです、桜も、作間くんも。」